ピアノ調律師、執筆中

西東京市のピアノ調律師のブログです

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(Grotrian)月影の寺に弾く/イェルク・デームス(p)

ONZ-102(ONZOW Labo)】

使用楽器はGrotrian-Steinweg

Grotrianを使用した録音はほとんどなく、貴重な録音です。

Semi Concert Grand Model 225を使用しておりますが、全くセミコンサートということを感じさせません。フルコンサートグランドのようです。

地鳴りのような低音、バターのように甘く香る中高音。重厚なフォルテと甘いピアニッシモが共存する、ピアノの整音の完成系だと思います。

以前、大人になりピアノを弾かなくなって久しい方にこの録音をお貸ししたら、「何て美しいんだ」と感銘し、またピアノを練習し始めました。

思わず惹きつけられる、そして、知らずしてのめり込んでしまうほどの美しさがあります。

もしかすると、「よいピアノの音」というと、冴え冴えとした爽やかでクールな音色のものと思われているかもしれません。 よくあるスタインウェイのようなちょっと乾いた音で、それぞれの音の粒立ちがよく、カキーンと跳ね返ってくるような音。

それを期待してこの録音を手に取ると、全ての予想を外されることになります。 どちらかというと「グシャ」とつぶれたような音で、全体的に今まで耳にしたようなクリアな音ではありません。しかし、その「圧」とでもいうようなパワーがすごい。抜けやクリアさではなく、音全体、ピアノ全体、ホール全体に充満する強力な「力」を感じます。 それはもはやピアノという単体の楽器の音色ではなくオーケストラの響き。

全盛期のデームス氏の演奏

デームス氏はオーストリアドイツ語に従って音楽を奏でているとのことで(本人からそう聞きました)、独特のクセがあります。若かりし頃は「デームス節」など揶揄されて、批判の対象にもなりました。しかし、年を取るとともにバランスがとれてきたのか、作品の本来のすばらしさを教えてくれるようになりました。特に、2000年以降の録音は必聴です。

フランクの「前奏曲・フーガと変奏曲」は間違いなくこの曲のベストの録音であり、歌の中に祈りと救済を感じることができます。

シューマンの「予言の鳥」「トロイメライ」「詩人は語る」では詩を感じない方はいないのではないでしょうか。この録音を聴いた後では、他のシューマンは全くつまらなく聞こえてしまいます。

ドビュッシーの「沈める寺」では地鳴りのようなフォルテッシモを披露してくれる。「月の光」は大人の響き。

デームス氏を知らない若い方でも、この録音だけはぜひ一度手に取って欲しい。