(Bechstein)リスト:巡礼の年/ホルヘ・ボレット(p)
使用楽器はBechstein
Bechsteinの特徴が最も表れている録音。
もし自分が死んだ時、神様に「天国にCD5枚だけ持ってきていいよ」って言われたら間違いなく、ホルヘ・ボレットの「巡礼の年」を真っ先に手にします。
ケルト神話などに出てくる妖精の「この世のものとも思えない美しさ」のようで、非現実的かつ幻想的な雰囲気がある。 気高く、細密で、目の覚める、そして陶酔的な響き。
この録音のすごいところは、ピアノの響きが香ってくること。音が聞こえると色が見える共感覚の人はそれなりにいるでしょうが(ちなみに調律師はこのタイプの人は多い)、「香り」のように聴覚が視覚以外の五感を刺激したのは、これが最初の経験でした。
超絶技巧よりも内面をとらえる演奏
リストの後期の作品群は、技巧と精神性に渡り橋が架けられた作品だけに、どうしても曲自体の身振り手振りが大きくなってしまっていると思います。
ボレットというピアニストも若かりし頃はヴィルトヴォーゾで鳴らしていたピアニストですが、この録音集は68歳の頃のもの。この時期のボレットは、そういう大げさな部分を含むリストの作品を、ひとつの大きな呼吸の中で表現できた。ひとつひとつの表現がわざとらしくなく、大いなる説得力があります。 ボレットの録音には、何も足すべきところがなく、何も引くべきところがない。
ちょうど、リストがヴィルトヴォーゾから精神的な音楽に様式を変えたように、ボレットも年齢とともに深い内面を描く術を手に入れたのでしょう。
このアポロ的なものとディオニュソス的なものの強烈な一体感は、他ではちょっと味わえません。